怪しげ〜。

何年か前、福岡、佐賀あたりで、いわゆる手かざし宗教なるものがはやった。お世話をしている講座の講師の一人がそれをやってあげるといい、付き添いの付き添いでついていったことがある。(怖いから来て〜といヘルプ要請出動)

人間どこかしら1つや2つ悪いところは持っているし、病んでいる人は藁にもすがるような気持ちにだってなる。誰しも病気は辛く苦しい。
だからといって、がんになりつつあるとか、このままだと危ないとか、あなたの余命がわかるとか・・・手かざしを続けていけば健康で生きながらえることができるという、人の一番弱いところを汚い手で握って、鼻先に人参をぶらさげるような薄汚い言葉の数々に吐き気がした。

『余命がわかるって、さぞかし言われた人はショックだったんじゃないですか』と聞くと、曖昧な表情をして逃げる。
なんて思いやりのないことをするんだろう。



費用は交通費&場所代だけでいいとかいってそのときは1000円か2000円くらいだったが、次の約束をと電話があり、今度は弟子を連れてくるからその人の分もねと言われたとまた相談。みんな忙しいからと口裏を合わせてぬらりくらりと断ることにし、結局、講座の講師もやめてもらった。


調べると、佐賀市発祥の怪しげな宗教団体で、手かざしで病気が治るとか、野菜が大きく育つとか、酒の味を変えてみせるとか・・・ああしょうもない。その手かざしのパワーを手に入れるための入会金は140万。『これ習得するために結構お金いったのよね』とその人が言っていたが、元を取るために講座を利用されたみたいで気持ちが悪かった。
講座でも不幸を抱えている人を鋭い嗅覚で探して囲い込み、教室の隅で背中を撫でて一緒に泣きながら、身の上話を聞いている姿がとても嫌だった。きっとそういう人相手に手かざし商売をしていたにちがいないと今では思っている。




気功そのものを否定する気はないが、ああいう団体は舌先三寸で大金を巻き上げ、一部の上のものだけが得をするようにできている。と思う。
今はその団体は解散したらしいが、そこの元幹部の女性がまたぞろ新たな団体をたちあげ、ご丁寧に今度は会社組織にし、グループも5つぐらいに分けて、福岡、佐賀、長崎、そしてなんでか愛知の豊川市で活動を活発化してるようだ。入会金は70万。ぽっきり半分にしたところが笑える。やってることは同じだ。




いっときは5時過ぎには日が暮れて真っ暗になっていたが、最近は5時40分くらいの日の入り。少しずつ日が長くなってきた。まだまだだけど確実に春に近づいている。

夕刻時の不思議な明るさの空。


月ももうでてる。


夕刻だから、ロウバイの花もうつむいているのかな。



限りある命の美しさ。



手かざしをやってるものだけが健康になるっていう謳い文句。ふざけるなっていいたい。みんな命のループからは抜け出せない。命あるものは老い、そして必ず死を迎え、次の命へとつながってゆく。与えられた命で、その場所で、限りある時間を精一杯生き抜くこと。それは自然の掟で、太古から変わらない。
花も木も、ありとあらゆる地球上の生命が、気の遠くなるような時間のなか、繰り返し繰り返し生命のドラマを積み重ねてきた。人間だけがそこからはずれることはない。