いのちを守る300キロの森づくり

日曜朝、TVで、ガレキの後に常緑照葉樹を植え、緑の防波堤を作る試みが広がっていることが取り上げられていた。中心になっているのは、宮脇昭横浜国大教授。
がれきはいらないモノ、不要なモノ、だからみんなたらい回し、どうしたもんだろうと考えていたが、彼はガレキを貴重な地球資源と考える。目からウロコだった。


危険物を取り除いたガレキに土を混ぜ土手を造り、そこに常緑広葉樹の苗をポット苗で植えていく。万里の長城ならぬ森の長城を作ろうというのだ。
津波の後をくまなく歩き、松などの針葉樹は跡形なく津波になぎ倒されていたが、常緑広葉樹の木は生き残っていたのを数多く確認。それは根の張り方が松と比べて地中深くまで及ぶかららしい。


主役の木に3役、5役となる複数の木を混植・密植することで、自然淘汰・共存共栄して管理を必要としない森を形成していく。シイ・タブ・カシ・クス等の常緑広葉樹を主役の木にして、異なった樹木がそれぞれの特性を活かしながら、それぞれが少しずつ我慢して辛抱強く生きる姿が最高の自然環境だと提唱する。



現場主義を貫き、世界各国に木を植えてまわり、まるで花咲かじいさん(花神)のような翁である。枝野さんにも何回も主張しに行ったらしいが無視されたという。もっと謙虚にこの方のお話に耳を傾けてもいいと思う。
原子力は私たち人間がコントロールできないものだということ、あるいは使用済み燃料だって自然に帰るのに2万5千年と途方もない年月がかかる自然許容の範囲外のものであるということ、暴走すれば人の社会に深刻な打撃を与えることは、もうみんな知っているのだから。


綾の森で見た照葉樹は、根が縦横無尽に伸び、


石や岩だらけの斜面を抱え込み


そして命が溢れる森だった。


九州特に宮崎などの南部九州は、梅雨時の集中豪雨、あるいは台風襲来にたびたび襲われる。綾の町の真ん中を流れる川の上流にあるこの森は、こうした災害からも町を守ってきた。この町の町長さんが森と共に生きると決断されたのは、いまでは英断だと思わざるを得ない。