北薩の湯

鹿児島は別府に劣らず温泉天国だ。しかも温泉が生活そのものになじみ、公衆浴場や共同湯が至る所に点在する。鹿児島は広い。
今回の旅では、一日5湯はいるという、私にしては前人未踏の記録をうちたてた。はっはっは!とうとう温泉バカになっちまった。



姶良市に夕方到着し、日暮れぎりぎりまであちこち巡り、夜鹿児島のビジネスホテルに入るまえに入湯したのが、鹿児島市伊敷にある大黒湯。昔懐かしい町の銭湯という風情で、でもお湯は源泉掛け流しの立派な温泉。


次の日あけて、薩摩川内市へ向かう。道すがら、魅惑的な焼酎の看板にあっちよろよろこっちよろよろ、さすが焼酎王国、土地土地でいろんな銘柄の看板が掲げられ、酒屋に引き寄せられる。寄り道もまた楽し。


この日1湯め、市比野温泉みどり屋旅館。与謝野鉄幹・晶子夫妻が泊まった当時のまんまの風情を残す古い旅館だ。




アルカリ性PH10.0という信じられない数値のお湯で、とろとろ。横を川が流れ、滝の音がして五感がゆったり溶け出す。このタイルの模様が妙に懐かしくて懐かしくて。



お風呂のあと女将さんからペットボトルに入れた湯をいただき呑む。甘くてやっぱりとろりとして美味しい。煮炊きにもお米を炊くのにも使っているそうだ。
「水鳴れば谷かとおもひ遠き灯の見ゆれば原と思う湯場の夜」晶子




途中寄った、村尾酒造


小さい蔵だが、村尾、魔王、森の以蔵とくれば三大幻の焼酎。相方の憧れの焼酎である。呑んだことはない。けどきっと美味しいんだろな。
大喜びで写真撮影に励む相方を尻目に、やっぱり私は甕が気になる・・・。




2湯めは、ここからすぐ近くにある川内高城(たき)温泉。
征韓論に破れ、帰郷した西郷さんが、狩猟三昧をしていたころに訪れた温泉だそうだ。満願寺温泉に負けないくらいの鄙び具合。



双葉屋。一応旅館?らしき建物。営業しているかどうかは定かではない。と思っていたら帰って調べると、おおっと、立派に営業していた。不老泉とよばれるお風呂に、西郷さんもはいったという。私たちが入ったのは隣の建物の村の共同湯



脱衣所と一体となった小さい2つの湯船。片方はたぎるように熱くて、足すらいれることができない。もう片方になんとか我慢して入ったが、足がじんじん。お湯自体はとろとろで身体もとろとろになりそうな気持ちのいい湯。ああさすが八十八湯。



訪れた西郷さんは、大きな身体を丸め、すみっこでちっちゃくなって遠慮しーしー入浴したという。この人が鹿児島人から愛されてやまないのはこういうエピソードからもわかる。社会的地位の高さが人間の格までえらいと勘違いしてるえばりんぼうとは大違いだ。
村に一軒ある怪しげな酒屋で、村尾酒造さんが作った「薩摩茶屋」を嬉々として手に入れた相方。さてさてお味の方はどんなかな?


ここから紫尾山の麓の紫尾温泉へ向かう。
3湯め、しび荘のお風呂。



硫黄の香りが強いがお湯はとろりとしている。



2つ湯船があって、2つとも源泉が違う。あまりの気持ち良さにどちらも入って、更に外の露天風呂まではいる。ほほ、欲張り、欲張り。



するっぽん早業は、こんなときに役立つわ。その早業で続けて入ったのが村の共同湯
4湯め、紫尾神社境内の区の共同湯、神ノ湯。






ここもお湯が柔らかく、太い木でできた高い天井に地元のおばあちゃん達の柔らかな方言が響く。鹿児島の言葉を聞いていると、故郷というものがある、故郷に住み続けることができる幸せというものがじんわりとつたわってくる。
北薩摩の山河は、柔らかく丸く美しく、日本の原風景を見ているようだ。初めて訪れる地なのに、また何度も訪れたい懐かしさにもあふれていた。
ここから伊佐市に抜け、峠を越えて人吉に入る。人吉で最後の〆の温泉、新温泉へむかう。人吉の古い公衆浴場、〆にふさわしい素晴らしい湯だった。(つづく)