初めての神楽
山家宝満宮の岩戸神楽。社家神楽だったのを明治以降氏子の人々によって演じられるようになり、伝わる18番のうち13番が奉納される。
秋晴れの好い日、ブルーシートに座って、古い木造の神楽殿で舞われる神楽を、土地の人々とゆったりと観る。
子供たちが大騒ぎ。単調な笛、太鼓、鐘のリズムと、ときどき温かい笑いと歓声。時間がゆるゆると過ぎていく。
お米がこぼれないようにくるくる舞う「敷蒔」
危なくないように放つけど、弓が放たれるたび歓声が起こる。ときどきアクロバットな動きも入れ、笑いや歓声を誘う。元々の、日本における笑いとはこういう幸せなゆるゆるとした時間の流れから生まれてきたものではなかろうか。
だけどやっぱり「鬼」がでてくると、空気がしゅっと変わって目が舞台に吸い寄せられる。
この「荒振神」は、筑紫野地名の由来を伝える「あらく猛神(たけるのみこと」をモデルにしたもので、ここだけの独特の演目だそうだ。ひしゃくで水をまくので、観客席は大騒ぎ。
この鬼は「問答鬼」でもでてきて、塩土の翁と問答のすえ説得され山(本堂)に帰っていく
そのときにその年に生まれた赤ん坊を抱いて、本堂で子供の健やかな成長を願う。
泣きわめく赤ちゃんもいて、泣き声と笑い声が境内に満ちる。ああ幸せな幸せな時間。
最後は「天の岩戸」
アマノウズメの舞と
アマノタヂカラオの舞
鏡だった。
最後に本殿にお参りして帰ったのだが、ここの本殿に下がっている鈴のいろいろが、とても好きだ。
時代が違うのか、形が違えば音色も違うのか、いつ見ても引き寄せられる鈴。
九州山地の奥、白銀神楽、椎葉神楽、米良神楽・・・仮面文化の十字路と形容される、海を越えてやってきた渡来の文化と先住民文化の融合した仮面の数々が未だ息づく。いつか鬼の住む山の奥へ神楽を観に行きたいものだ。