高宮神奈備祭

宗像大社、海の正倉院といわれる沖ノ島、大島、陸地にある田島の宗像三女神、またの名を道主貴(みちのぬし)を祭る全国6千数社の総社である。
秋の大祭みあれ祭では、一年に一度、沖ノ島田心姫神、大島のたぎつ姫神を船で運び、市杵島姫神が待つ大社へと運ぶ。
この勇壮で美しい船の御幸を見てみたいものだが、仕事だもんなあ・・・。


宗像大社HPより)


ただ最終日の夜、古代より残る露天の祭祀場ー高宮ーで、神奈備祭が行われると聞き、仕事を早く切り上げて見に行った。
多くの露店がたち、人で賑わう境内の後ろの山をのぼってゆくと、ふっと音が消える。




たぶんもう全国でも残っているのが数少ない、神籬(ひもろぎ)と盤境(いわさか)の古代祭場。



一番奥のしめ縄を張っているのが神籬(ひもろぎ)。神が降りてくる際に依り代となる木で、古神道では、鏡と玉と剣をかけて祈った。



盤境(いわさか)には、小石が敷き詰められ、神官や巫女は沓を脱いであがる。もちろん一般人ははいれない。入れるのかもしれないけど、それを許さない雰囲気がある。



この日、夕方から厚い雲がかかり、時折風がびゅーびゅー吹いて梢をゆらす。相方からビデオを借り受け、初めての撮影に挑んだのだが・・・。

神官の低いが響き渡る声での祝詞とあたりの邪気を払う柏手、そして八女(やおとめ)神事。
「八女は 誰か八女そ 天に座す 天若御子の 神の八女」(やおとめは だがやおとめそ あめにます あめわかみこの かみのやおとめ)
神功皇后が筑紫行幸啓の折りに詠まれたと伝わる神歌。氏子の男達が3度唱和する。単純な、けれども心にくいこむようなメロディだ。
そして太宰府天満宮に伝わる舞楽、悠久の舞を太宰府の巫女達が菊の花を手に舞う。



神官の言挙げする朗々とした声、氏子達の唱和する声、伴奏の雅楽の音、それらとまるで間の手をいれるようなタイミングで、風が梢を吹き抜け、揺らす音がからまり、響く。
不思議な不思議な時間だった。

高宮神奈備祭抄録
http://www.youtube.com/watch?v=jsh1IMNqvwI&feature=plcp

何度聞いても心の奥にしんと鎮まる声と音階だとつくづく思う。

300とも言われる露店が境内せましと並び賑わう境内を一歩でると、漆黒の闇だ。


車道がすぐ横に走っているのに、ここは街灯1つなく、月は厚い雲に隠され、真っ暗闇だ。夜とは本来こういうものではなかったか。
島から渡ってきた女神達は、このあと夜の闇にまぎれてひっそりとお帰りになるのだろうか・・・・。


「行きはよいよい、帰りは怖い・・・」私の方は、お約束通り道に迷い、古墳の集まる真っ黒な野原にでて、ひぇえええ、かしこみかしこみと叫びながらなんとかかんとか明るい道に出て帰路につくことができた。